勝ち馬を見抜く競馬予想術

競馬の予想がよく分からない、的中するにはどうすればいいのか?勝ち馬探しのちょっとしたコツを書き綴っていこうかと。

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アイルランドで現役を続行するために、ビッグレッドファーム鉾田で調整中のコスモバルクに左後肢はく離骨折が判明、しばらく様子を見ていたが歩様に乱れが出たため、関係者が協議した結果急遽引退が決定されたとのこと。

「競馬が好きです!」と言っても胡散臭い目で見られることもなく、趣味として認識され受けいれらる今の時代に、濡れ衣の汚名を着せられ、名が知れれば知れるほどダーディなイメージが払拭できなかった馬もそうはいない。そういい切れるくらいに振り回され、そしてツキのなかった馬だったと私は思っている。

3歳時、クラシックへのステップレースの弥生賞を勝ち、皐月賞の最有力候補だった。道営の期待の星として人気も次第に高くなっていった。が、よかったのはここまで。

皐月賞は好位置もダイワメジャーを捕らえきれず惜しくも2着。しかし最後の直線でメテオバーストの前へきわどく切れ込んでいた悪癖の快進撃の始まりであった。

次のダービーでは、最終コーナーで誰が見ても「何をやってるんだ!」と怒鳴りたくなるような膨らみ方と切り込み方の無謀な騎乗、それが響いてかキングカメハメハから大きく遅れての8着と惨敗。これではレースで勝ちたいのか邪魔をしに来たのか分からない。世論の批判は更に増していく。

相当後になってからだが(去年のJC辺りの記事で)「ダービー辺りから押さえが利かなくなった、よれる癖が出てきた」などと新聞だったかネットだったかで、騎手だったか関係者だったかの記事を読んだ覚えがある・・・。
それを見て「よくそんなことが言えるなぁ」と呆れてものが言えなかったのは私の記憶の中では新しい。

夏を越し秋初戦のセントライト記念ではよれる事もなく、向上面では先頭に立ちそのまま押し切ってレコードタイムで完勝し、菊花賞の優先出走権を得る。
乗り手云々ほっといても勝つやつぁ勝つの典型例だった。
そう乗り手は最後の数百メートルをただステッキを入れまくっていたに過ぎなかったようにしか私には映っていない。
皐月賞当初から思っていたことだが「いい騎手に乗り替わってくんねーかなぁ」と菊花賞に対して思ってしまった。乗り替わったところで適距離外の3000mでは勝てるはずもないわけで…。

そして菊花賞。私はスタートして最初の坂を下ったあたりからゴールまでの3分ほどをムカムカしながら見ていたのを憶えている。
コスモバルクは正面スタンド前を通過している時、手綱がかすかに弛んでいたのである。そう長距離戦で馬の行く気だけで走らせるために故意に手綱を緩める御し方、いわゆる「長手綱」というやつである。
よれる事もなく、ただ己が持つスピードのまま走るコスモバルクを見て「どう押さえがきかないんだ!」と。
しかし第4コーナーから直線に入る手前で外から抜き去ろうとするデルタブルースに一発パチンコ(当たってはいないと思う)、直線に入ってからもさらにもう一回パチンコの形を。
そんな危険行為とは裏腹に、持つはずのないと思われた距離を4着の大健闘
しかし、私が確信したのはコスモバルクの能力ではなく、よれる行為とかかり癖が騎乗している者の意図であり故意の所業であったということを90%確信したという事。
あれだけ走れる馬なのに。何故ちゃんと走らせて勝とうとしないんだ」と。
それ以前に思わないわけではなかったが、競馬とは人と馬によって行われるもの。
絶対だとは言い切れなかった。
今となっては言い切りたかったのかどうだったかもわからない。
ただ今言えることは、その年の私のクラシック候補は私の競馬歴上で最も酷いレースをした馬として刻まれたという事実だけだった。
そして残りの10%をこれより近しい日に垣間見ることになるとは、この時点で知る由も無かった。

日は過ぎて新聞雑誌にジャパンカップにコスモバルク出走の記事、そして騎乗にクリフトフ・ルメール念願の乗り替わりである。
これでコスモバルクへの真価がはっきりすると思ったと同時に、陣営にそんなことができる技術があるのか?と思えて仕方なかった。

昨今の中央競馬ですら、菊花賞で疾走した馬を更にJCで勝ち負けを競える状態に持っていく調整の術をもった調教師は相当に減っていると私は感じている。
それは一戦級のステイヤーを育てることのできる調教師が減っていることと直結するとも思っている。
これは今の現役調教師が無能だと言う意味とは決して違う。純然たるステイヤーの数の減少に伴い、レース自体も距離短縮や廃止で縮小の一途を辿っている状況が、そういう方法を取ることも考える必要もなくなってきているからだと私は思っている。
(これに関していろいろな諸説や理由があるのだけど、また別の機会にでも。)
クラシック最後の一冠の3000mの後の古馬を交えての2400mの頂上決戦。中央の陣営ですら頭を悩ませてしまうローテーションを、何も知らない道営の陣営でちゃんとした調整ができるのだろうかと思えて仕方なかった。

そんな不安を他所に本番では、クリフトフ・ルメール騎乗のコスモバルクは先頭をマグナーテンに譲り、馬群を従え2番手を悠然と構えての追走。ダービーであれだけよれ、そして切れ込んだ最終コーナーを、インベタから軽くマグナーテンの外に持ち出し、直線を必死に粘る
最後の直線、外から勝ち馬のゼンノロブロイには簡単に抜き去られてしまうが、競られたポリシーメイカーに対しては一度は抜かれるも再度抜き返し、3着に入ったデルタブルースの猛追も退け2着を死守
完璧だったと思う。こういう競馬が大舞台でできる馬はそうはいない。
そこには世間で言われ続けた、良血ではない斜行の悪癖馬などでは決してなかった。
私が思い描いていたコスモバルクの走り、G1を勝てる馬の走りだった。

しかし、この後この事が逆に仇となったのか、道営のエースなどという称号でもてはやされる事となる。しかし負ければ掛かっただのよれただのと必ず言われ、全ては馬のせいという顛末。
シンガポールで勝った時は、手のひら返したように信じてました!などと言うが、日本に戻ってくればまた元の木阿弥で斜行等による妨害を幾度となく繰り返され、終いには制裁まで科せられることに。
そして言われるコメントはいつものごとく…
道営のエース?期待の星?本当にそう信じている者の所業とは私には思えなかった。
そして中央の競馬関係者やファンからは斜行癖のある邪魔者として忌み嫌われていった。
近年では騎手が乗り替わってもよれることは多々あったように思えた。
若い時分の全力疾走中の所業・事柄が染み付いてしまったのかもしれない。
何度もそういうことをやっていると、良い悪いに関わらずそれを馬は学習してしまう
調教で癖付けるのと同じように。全力疾走であればあるほどに
しかし進路妨害めいた形になるのは、五十嵐騎手騎乗の時だけだったと私は記憶している。

そして年齢の衰えがはっきりと見えていても現役は続行、中央での芝G1の挑戦は続けられ、終いには9歳という馬齢にもかかわらずアイルランドで現役続行いうことにまで…。
経済動物とはよく言ったものだと関心するとともに、どこまでも運がなく翻弄される馬だと思え、やはり道栄のエースと呼ばれる者の処遇とは合い見えないものであったと私は感じていた。

今回のはく離骨折は神様からの助け舟だったような気もする。
アイルランドに行ってしまったら、その後があったかどうかなんてわかりゃしない。
骨折のおかげで功労馬して新冠の明和牧場で余生を過ごすことができるのだから。
怪我の功名とはよく言ったものだ。
しかし全ての運がこのために抑えられていたのだとすると、皐月賞と最初のJCのどちらかにでも回してやって欲しかったようにも思う


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